「あ、またいる。」
校門の向こうに、子どもたちが集まっている。その真ん中には、昨日も見かけたあのおじさんが座っている。
「ちょっと見てく?」
なんとなく怖いような、でも気になる。その妙な引力に引き寄せられるように、私たちはおじさんの元へ近づいて行った。おじさんの手には、小さな茶色い小瓶。みんなはその小瓶を囲むようにして、目を輝かせている。
「はい、いくよ〜ご注目!」
おじさんは小瓶から筆を取り出し、白い紙に何かを書き始めた。次の瞬間、指で軽くこすると、その文字がシュッと消えた。
「摩訶不思議!これなら間違えてもすぐに消せるからご安心!」
私たちは「すごい!」と声を上げた。今でこそ、フリクションのような消えるペンがあるけれど、あの頃の私たちには、それはまるで魔法だった。でも、買える子なんていない。学校にはお金を持って行けない決まりがあったし、家に帰って母に「買いたい!」なんて頼んだところで、「そんな怪しいもの、いりません!」と一蹴されるのがオチだ。
「おうちに帰ってお母さんにお金をもらってきてね。」
おじさんはそう言ったけれど、誰も買いに行った子はいなかったと思う。
次の日、友達と話した。
「あのおじさん、また来るかな?」
「ねえねえ、あれ買いに行った人、いるのかな?」
結局、買った人がいたのかどうか、私は今でも知らないままだ。
ああいうおじさんが時々現れた帰り道。今も、不思議な小瓶の光景だけは、ぼんやり記憶に残っている。
あのおじさんは何者だったんだろう。
昭和の夕暮れに混じった、不思議で懐かしい思い出。どこかで同じように覚えている人、いませんか?